作者のつぶやき

医学的見解-チョンミョンソク牧師は性的暴行・性暴力を本当にしたのか?-SANE(性暴力被害者支援看護職)助産師リリー

チョンミョンソク(鄭明析)牧師とは
キリスト教福音宣教会(CGM)の創設者で、
私たちに聖書の御言葉を教えてくれた牧師さんです。

鄭明析牧師は
性暴力が理由で
10年間刑務所に入っていました。
(しかし、この性暴力は冤罪であったことが現在は証明されています。)
参考:「摂理(宗教)の真実」

「鄭明析牧師って
本当に性暴力をしていないの?」

そう思われた方に向けて、
CGMの教会に通い始めてから
SANE(性暴力被害者支援看護職)になった
私、助産師リリーの医学的見解をまとめました。

SANEとは?

■SANE:Seaual Assault Nurse Examinerの略称で、性暴力被害者支援看護職と呼ばれる。
■1976年にアメリカ テネシー州メンフィスで始まった専門職。
■性暴力被害にあった人の医療ケアのための専門的知識と技術習得をし、被害による心身の傷のケアに当たれるように作られた。
■現在、アメリカにはSANEトリートメントセンターが700カ所、全世界の26か国でSANEが活躍中
参考:性暴力被害者支援看護職(SANE)養成講座|特例医療法人女性の安全と健康のための支援教育センターAbout SANE-IAFN

SANEの履修証明書と修了証

※以下、性暴力についての記述がありますので
読むことで負担の生じそうな方は、閲覧を避けることをおすすめします※

性暴力には【原因】がある

まず
性暴力に限らず
多くの犯罪には【原因】があります。

「お金が欲しかった」
「相手に恨みがあった」
「人生にむしゃくしゃしてやった」など
何かしらの動機や人生の苦しみなどの
【犯罪をする原因】が必ず存在しており、
心身共に健康で
活気にあふれて生活している人が
意味もなく犯罪をすることはありません。

もし鄭明析牧師が性暴力を行なっていた場合
その【原因】となる状況や
多くの性暴力加害者が持っている【特性】を持っているはずです。

性暴力加害者の持ちやすい特性とは?

日本より
性暴力への取り組みが進んでいる
アメリカ合衆国の司法省は、
性犯罪について「知られていること」として
以下の見解を提示しています。

性犯罪は学習された行である
発達の初期における負の案件、特に療育者との関係が不良であるという否定的または不利な条件が問題の原因となっている可能性がある
性犯罪者は認知の歪みを持っている
性暴力的なポルノグラフィに繰り返しさらされる(使用する)ことが影響を及ぼす可能性がある
⑤自己統制と衝動統制の問題が影響を及ぼす可能性がある
⑥女性との関係が長続きしないことおよび女性に対する否定的な態度が影響を及ぼす可能性がある
用:糸井岳史「なぜ私は凍りついたのか-ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し-」,春秋社,2021年12月,p256アメリカ司法省Webサイト

つまり
性暴力加害者はこのような
6つの特性を持っている
ということです。

今回はこの項目に沿って
鄭明析牧師がこれらの特性を持っているか
順に見ていきましょう。

鄭明析牧師に加害者特性はあるのか?

①学習された行動×③認知の歪み×④ポルノグラフィの使用

まずはこちらの3点

性犯罪は学習された行動である
性犯罪者は認知の歪みを持っている
性暴力的なポルノグラフィに繰り返しさらされる(使用する)ことが影響を及ぼす可能性がある

これはつまり
性暴力は自然発生するものではなく
他人から教えられる機会や
外部から与えられる影響によって学習し、
性の認知の歪みを持つことから
行なうようになる行動だ
という意味合いです。

幼少期からポルノグラフィ等を見る

性暴力的な描写を見て、「暴力=愛なんだ」という認知の歪みを学習する

自分自身でも性暴力を行なう
(本人はそれを「愛だ」と認知している)

このよう幼少期からの間違った認知と学習の流れの中で
性暴力が生まれることが分かっています。

もし鄭明析牧師が「性暴力を学習」していた場合、
幼少期からポルノグラフィ等の性的なものを閲覧したり
「暴力=愛だ」という認識の歪みを持っていたりするはずです。

鄭明析牧師はどうだったのか?

鄭明析牧師は1945年に
韓国の山奥であるタルバッコル(現:月明洞)に生まれました。
1945年といえば、第二次世界大戦が終わったころ…
その頃、鄭明析牧師はどのような環境で生活をしていたのか?と言うと…

生家は極限の貧困状態にありました。
市街地から遠く離れたうら寂しい山奥には、近隣の家は4軒しかありませんでした。
その中で約150年経った平屋は、外壁が土で覆われ、屋根は藁葺きでした。

極度の空腹のため、山中を歩きまわり、葛の根や松の枝など食べて死なないものならば何でも口にし、空腹を紛らわせることもたびたびでした。
小学校入学後も、全国的な食糧難はなお続き、通学の行き帰りには様々な木の実、野草、葛の根を掘って食べ、空腹を満たしました。
お弁当などは当然持参できるはずもなく、昼食時には少しでも空腹を満たすために水道の水を飲みました。

家計の問題で鄭氏は中学校に進学できず、畑仕事をし、山で薪を集めました。
小学校を卒業したばかりの小さな少年が、痩せた土地を耕して一日中働いても、口にできるものはせいぜいニンニクひとかけらと、一口の麦飯に唐辛子味噌少々がやっとで、それでもあればましな方でした。

鄭氏は中高生くらいの年頃を、修道生活に費やしていました。
今の十代なら恋愛や趣味などに熱中するような年頃です。そんな年頃の少年が山に入り浸り、洞窟の中で昼夜の別なく祈って聖書に読みふける
村人たちの目に常軌を逸しているように映ったのも無理のないことでした。
参考:「鄭明析牧師の生涯|キリスト教福音宣教会」①幼少期~朝鮮戦争勃発②少年期~聖書との出会い秋本彩乃「命の道を行く 鄭明析氏の歩んだ道」,星雲社,2019年7月,p22-23

鄭明析牧師は
食べ物すら手に入らないほどの
極度の貧困の中で生活し
恋愛や趣味に没頭する中高生の時代を
山の洞窟で祈って聖書を読むという
修道生活にあてていました。

鄭明析牧師の故郷に電気が入るようになったのは
1970年以降のことであり、これは
鄭明析牧師が26歳前後になる頃のことです。

現代において
電気やインターネット無しに生活することは
考えられないですが
鄭明析牧師は幼少期から青年期に至るまで
そのような貧困の中で暮らしていました。

このような
食べ物すら得ることが難しい状況下
ポルノグラフィを手に入れて閲覧することは不可能であった
と考える方が自然であり、
むしろ性的なものに疎くなる可能性があると言えます。

ここで
鄭明析牧師が性的なものに疎いまま
幼少期を過ごし青年となったことがわかるエピソードを
2つ紹介します。

1つ目は
鄭明析牧師がベトナム戦争に参戦したときの話です。

うちの分隊で私を見てよく笑う理由が一つあった。
それは私が分からないことが多くて隊員の質問にしょっちゅうとんちんかんな返事をしたからだ。それでも私と仲が良いユ・グンデ戦友は、彼らが鼻血を流したのは8人の女の人に会って結局鼻血が出たのだと話してくれた。
私はその話を聞いて、8人の人に殴られたのに死なずに鼻血が出ただけで良かったと話したら、分隊員たちはみんな腹を抱えて笑い始めた。
この頃はまだ異性に盲人だったので、研究すべきところが多すぎで頭が複雑だった。
参考:鄭明析「戦争は残忍だった 愛と平和だ」1巻

鄭明析牧師が
ベトナム戦争に参戦したのは
22歳の頃です。

22歳の青年が
このような戦友の話を聞いて
何の話をしているのか理解できていない状況を見ると、
中高生の頃にポルノグラフィを閲覧せず
修道生活のために山に籠もる生活することにより、
性的なものに疎くなったことが推測できます。

続いて2つ目のエピソード、
鄭明析牧師が御言葉を伝える中で
話されていた過去の自分の話です。

ソンマンニ(石幕里)の若者たちが「取って食べた」と言ったので「取って食べたってどういう意味だ?」と言ったら「男の人は女を取って食べるのだ」と言いました。
「女を取って食べるのか?」と言ったら「純真だな。分からないのか?」と言いました。「初心(うぶ)だな」と言われました。
「果物じゃないのに、どうやって取って食べるのだ?」と言ったら「そんな山奥に住んでいるからよく分かっていない」と言いました。
参考:2019年9月24日火曜日 明け方の御言葉

このエピソードは、鄭明析牧師が
26歳を超えた頃にあった話です。

ベトナム戦争に参戦した22歳以降、
26歳を超えた頃に
性的な話を聞いたとしても
「山奥に住んでいるから分かっていないんだ」と言われてしまうほど
鄭明析牧師が性的なものに疎かったことが分かります。

つまり
鄭明析牧師が
性暴力加害者の特性である
「幼少期にポルノグラフィを閲覧し
学習した可能性」は極めて低いと言えます。

では、3つの項目の中のもう一つ、
③認知の歪みはあったのでしょうか…?

この内容に関連する、鄭明析牧師のベトナム戦争でのエピソードがあります。

その時、死を顧みずベトミン軍捕虜を生け捕りにした小隊員が、鄭明析総裁だ。
当時、銃弾が飛び交う戦闘の中で敵を殺さず捕虜として捕まえることは、あまりにもまれなことだった。なぜかというと、命の危険も大きいし、捕虜を処理することも難しくて、みんなが敬遠していたからだ。
当時私が「どうしてベトミン軍を殺さずに、捕虜として捕まえてきたのか?」と尋ねたら、
鄭明析戦友は「敵を殺すからといって、戦闘で勝利するのではありません。敵の命までも愛してあげられる心を持つ時に真の平和が来ます」と答えた。
戦場で敵を殺さず、愛さなければならないという鄭明析戦友が言ったその言葉を、当時は理解できなかった。
-小隊長(予備役大佐)チェ・ヒナムの推薦文より-
引用:鄭明析「戦争は残忍だった 愛と平和だ」1巻

この内容は、鄭明析牧師と共に
ベトナム戦争に参戦した上官が書いた内容であり、
実際に鄭明析牧師はベトナム戦争に参戦した際、
一人の命も殺めませんでした。
(この上官はその後、鄭明析牧師を題材とした『ベトナムの戦場で出会った神様の人』(2010年、タビッ出版社)という本を執筆しています。)

戦争とは、地球上で最も大きな規模となった「暴力」の形です。
戦争という、もはや「暴力を強要される」場所でさえ
敵に暴力を振るわず
自らの命を危険にさらしてまでも
命を生かして愛する
という行動をしている時点で
「暴力=愛」ではないと認識していることがわかります。

つまり、鄭明析牧師は
性暴力加害者が持っている「暴力=愛だ」という
認知の歪み持っていなかったと言えます。

このような状況から考えてみると

性犯罪は学習された行動である
性犯罪者は認知の歪みを持っている
性暴力的なポルノグラフィに繰り返しさらされる(使用する)ことが影響を及ぼす可能性がある

この3点の性暴力加害者の特性は、
鄭明析牧師に該当していないと考えるのが妥当と言えます。

②養育者との関係が不良

続いてはこちらの加害者特性

発達の初期における負の案件、特に療育者との関係が不良であるという否定的または不利な条件が問題の原因となっている可能性がある

つまり多くの場合
「自分の親との関係が不良」であった状態のことを指します。

なぜ親との関係が不良であった場合、
性暴力を行ないやすくなるのでしょうか?

これは「小児期逆境体験(ACE)」の研究結果から理解することができます。

小児期逆境体験(ACE)とは?
■18歳になるまでに体験した、虐待や不適切な養育環境が、その人の人生にどのような影響を及ぼすか、生活習慣や心身の疾患、社会生活等との関連を研究したもの
■以下の10項目の逆境的な体験を、小児期逆境体験(ACE)と呼んでいる
①身体的虐待
②心理的虐待
③身体的ネグレクト
④情緒的ネグレクト
⑤性的虐待
⑥家族のアルコールや薬物の乱用
⑦両親との離別
⑧母親に対するDV
⑨家族の精神疾患
⑩家族の服役
参考花丘ちぐさ「なぜ私は凍りついたのか-ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し-」,春秋社,2021年12月,p150米国疾病管理予防センター(CDC)Webサイト

つまり
小児期逆境体験(ACE)が多い=療育者との関係が不良
と考えることができ、
性犯罪者には小児期逆境体験(ACE)が多いという報告も、実際に多数されています。
参考糸井岳史「なぜ私は凍りついたのか-ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し-」,春秋社,2021年12月,p239

小児期逆境体験(ACE)の研究の結果、
このようなことが明らかになりました。

①成人の約2/3(64%)が、少なくとも1つは小児期逆境体験(ACE)を経験しており、一般的であること。
②小児期逆境体験(ACE)が多ければ多いほど、慢性疾患、精神疾患、暴力、および暴力の犠牲者になるリスクが高くなること。
③小児期逆境体験(ACE)が多い人は、暴力的で、結婚が増え、骨折が増え、薬の処方が増え、うつ病が増え、自己免疫疾患が増える可能性が高くなること。
④小児期逆境体験(ACE)が6つ以上ある人は、寿命が20年短くなるリスクがあること。
参考:ACE Study primer — KPJR Films, which came out with Paper Tigers in 2015 and Resilience in 2016, put together this five-minute overview of the ACE Study.
ACE Study video — Three-minute trailer for a four-hour CD of interviews with ACEs researchers produced by the Academy on Violence and Abuse.
How childhood trauma affects health across a lifetime (16-minute TED Talk by Dr. Nadine Burke Harris)
The Adverse Childhood Experiences Study – the largest public health study you never heard of – started in an obesity clinic

つまり、小児期逆境体験(ACE)を多く経験している場合、
上記のような状態になりやすく、
将来の心身の健康状態が不良となる可能性が高いということです。

「え?それって不健康な人だけを調査したから
そういう結果が出ただけじゃないの?」
と思う方もいるかもしれませんが、
小児期逆境体験(ACE)の調査を行なった17,000人のほとんどが、
中産階級で、大学教育を受けており、
全員が仕事と充実した医療を受けていました。

もし鄭明析牧師が、性暴力加害者の特性である
養育者との関係が不良な状態であったのなら…?

鄭明析牧師には小児期逆境体験(ACE)の経験が多くあり、
且つ、

親との関係が不良

小児期逆境体験(ACE)を多く経験

その後の人生で心身が不健康となる

つまり
高齢になった時の鄭明析牧師の健康状態を見れば
養育者との関係が不良であったかどうかを判断できるわけです。

鄭明析牧師はどうだったのか?

まずは小児期逆境体験(ACE)の有無です。

鄭明析牧師の両親はすでに亡くなっていますが
それは18歳ではなく、52歳と69歳の頃のことであり、
そのほかの9つのACEの項目を見てみても
明確に該当しているような内容は見受けられません。
参考:「鄭明析牧師の生涯|キリスト教福音宣教会」秋本彩乃「命の道を行く 鄭明析氏の歩んだ道」,星雲社,2019年7月

また、
韓国人男性の平均寿命は80.3歳、健康寿命は65.6歳と言われています。
参考:大韓民国大統領府 公式電子政府Wedサイト
(健康寿命とは、平均寿命とは異なり、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間のことを指します)
鄭明析牧師は1945年生まれですから、
この記事を投稿した2022年には77歳になっています。
つまり、韓国の健康寿命をすでに超えており、
平均寿命まであと数年の状態です。

小児期逆境体験(ACE)が多い人は不健康になりやすく、結婚もしやすく、
その体験が6つ以上ある場合は、寿命が20年短くなるリスクが高くなります。

しかし、鄭明析牧師は
結婚をせず神様だけを愛して生きてきており、
高齢となった今でも、月明洞で若者の信徒と共にサッカーをし、
毎週2~3時間、立ったまま御言葉を伝えられるほどの体力を持ち
疾患にかかることなく、日常生活の制限もない状態で
健康寿命を超え、平均寿命を目前にするほど
健康に生きている状況を考えると

健康寿命を超えるほど心身ともに健康な状態

小児期逆境体験(ACE)を受けていた可能性は低い

養育者との関係が不良とは考えにくい

このように推測されます。

実際に鄭明析牧師は、
自分の両親の命日に、両親に感謝するための追悼礼拝を行なっており
その状況からも、養育者との関係が良好であったことが分かります。

以上のことから

発達の初期における負の案件、特に療育者との関係が不良であるという否定的または不利な条件が問題の原因となっている可能性がある

という性暴力加害者の特性は否定されます。

⑤自己統制と衝動統制の問題が起こる

続いてはこちらの加害者特性

⑤自己統制と衝動統制の問題が影響を及ぼす可能性がある

これは
自分の意思で自分の行動を調整する力と、
自分や他人に危害を加えたい衝動が生じた時に自分の行動を調整する力
これらに問題がある=性暴力加害者の特性がある
という意味合いになります。

この自己統制は対人関係の基盤にもなると言われており、
例えば「相手を殴りたいぐらい怒りがあるけれども我慢する」といったような場面で発揮されます。

このような
自己統制と衝動統制…いわば
「自分の気持ちと行動をコントロールできる力」に問題があると、
自分の中に生じた性欲や支配欲をコントロールできず
性暴力に及んでしまう、ということです。

ではこの自己統制と衝動統制…つまり
「自分の気持ちと行動をコンロトールできる力」
どうやって推し量ることができるのか…?

それには「ポリヴェーガル理論」を使って考えることができます。

ポリヴェーガル理論とは?
■自律神経(迷走神経:交感神経と副交感神経)の働きが、人間の思考と行動に及ぼす影響について説明した理論。
■以下の3つの自律神経(迷走神経)が互いに関わり合い、人間の思考と行動が決定されると考えている。
①交感神経系:「闘争/逃走」状態であり、戦闘モード(怒りや暴力的)な状態。
②腹側迷走神経系:危険が無く、安心できる状態。自分をコントロールできる状態。
③背側迷走神経系:「凍りつき」状態であり、失神したり解離を起こす状態。
参考ステファン・W・ポージャス「ポリヴェーガル理論-心身に変革をおこす「安全」と「絆」-」,春秋社,2018年11月,p31-35花丘ちぐさ「なぜ私は凍りついたのか-ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し-」,春秋社,2021年12月,p41-44

…なんとも分かりにくい感じが
してしまいますが…苦笑

理解しやすくするために、
この3つの神経系の働きを、私たちの生活に置き換えて説明します。

「怒ってばかりの上司が傍にいると、勝手に心拍数が上がって緊張してしまう」
→①交感神経系:「闘争/逃走」の逃走状態
「どんな時でも優しいあの先輩がいると、のびのびと仕事ができる」
→②腹側迷走神経系:危険が無く、安心でき、自分をコントロールできる状態
「ショックな出来事があった時、意識を無くしてしまった」
→③背側迷走神経系:「凍りつき」状態、シャットダウンした状態

…少し分かりやすくなったでしょうか?

つまり、自分の気持ちと行動は
「死ぬ気でやればできる!」という根性論ではなく
ある一定の条件がそろった場合、
自律神経の働きによって
自動的に判断され行動を決定されている
ということを
ポリヴェーガル理論は説明しているわけです。
(怒ってばかりの上司を前にすると、勝手に心拍数が上がるのは、まさにこの原理)

この3つの神経系のうち、
性暴力とポリヴェーガル理論のつながりを理解するために
重要となってくるのが「②腹側迷走神経系」です。

なぜ腹側迷走神経系が重要になってくるのか?

それを理解するために
この3つの神経系を図にしてみましょう。

このような図になります。

この腹側迷走神経系の広さのことを
「耐性の窓」と呼びます。
(これがキーとなります)

この耐性の窓(腹側迷走神経系)には、このような特徴があります。

「耐性の窓」の特徴
■人によってその広さが異なる
・幼少期に養育者との信頼関係が良好であった人ほど、範囲が広くなり、「闘争/逃走」状態や「凍りつき」状態に入りにくくなりやすい
範囲が広い人ほど、自分の気持ちや行動をコントロールできる
■互いにその広さが影響を与え合う
・自分の「耐性の窓」が狭くても、周りの人たちが広ければ、自分の「耐性の窓」も広くなる
・逆に、自分の「耐性の窓」が広くても、周りの人たちが狭ければ、自分の「耐性の窓」も狭くなる
参考糸井岳史「なぜ私は凍りついたのか-ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し-」,春秋社,2021年12月,p239-240

つまり

「耐性の窓」の広さ
自分の気持ちや行動をコントロールできる力
=自己統制・衝動統制
→ここに問題がある状態が、性暴力加害者の持つ特性

と考えることができ
その広さは
周りの人たちの持つ「耐性の窓」の広さの影響を受けていると言えます。

もし鄭明析牧師が
性暴力加害者が持っている
「自分の気持ちや行動をコントロールできる力」に
問題を持っているのであれば
鄭明析牧師の「耐性の窓」は自ずと狭くなるはずです。

ではどうやって鄭明析牧師の「耐性の窓」の広さを
推し量ることができるのでしょうか…?

そのヒントは
刑務所処遇カウンセラーをしている
ある公認心理士の方が
著書の中で述べています。

刑務所では、ある受刑者が職員に叱られているとき、突然一人が「うるせえ、死ね」と口走り、それを見た他の受刑者が、尻馬に乗ったように職員に反抗するといった事態も起こる。(中略)
受刑者には、恐れ等の感情に引き金を引かれ、容易に闘争/逃走の反応に陥り、行動かしやすい人がいる。刑務所という環境は社会的交流に乏しく安全を得にくい環境であると言えるだろう。
引用中村修「なぜ私は凍りついたのか-ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し-」,春秋社,2021年12月,p260

これは
刑務所という場所は「耐性の窓」が狭い人が多い
ということを説明している箇所です。

先程、「耐性の窓の特徴」として
周りに狭い人がいれば自分も狭くなり
逆に広い人がいれば自分も広くなるという
互いに影響を与え合うことを
説明しました。

つまり

「耐性の窓」が狭い人が多い刑務所内
鄭明析牧師がどのような気持ちになり、
どのような行動を行なったかを見れば
鄭明析牧師の「耐性の窓」の広さを推し量ることができ、

もし鄭明析牧師の「耐性の窓」が狭いのであれば
性暴力の冤罪により刑務所で過ごしていた10年間は
周りの人の「耐性の窓の狭さ」に影響を受け
容易に「闘争/逃走」状態になっていたはずです。

鄭明析牧師はどうだったのか?

まずは
鄭明析牧師が10年間過ごした
刑務所の状況を見てみましょう。

独房の広さは1.5坪(約5㎡=畳で約3枚分)で、旧式の汲み取りタイプのトイレだったため、鼻をつく悪臭が漂っていました。両隣の囚人の声は筒抜けの状態で、冷暖房設備などはなく、冬は零度以下の寒さに耐え、夏は38度の灼熱地獄のような暑さに耐えなければならない環境でした。
囚人の中にはこの劣悪な環境に耐えられず、精神に異常をきたして突然泣き出す者発狂して頭を壁に打ち付け暴れだす者、健康を害して病気になって亡くなってしまう者、「どうせ死刑になるのだから…」と自殺する者が後を絶たなかったそうです。ある日、彼の隣の部屋の人が首を吊って自殺したこともありました。
参考:「鄭明析牧師の生涯|キリスト教福音宣教会」⑬迫害期~韓国での裁判

コロナ禍で自宅に引きこもっているだけでも
苦痛であることを考えると
この獄中の状況は並々ならぬ状況であることを強く感じます。

まさに「耐性の窓」が極めて狭く待った人達が
集まっていた環境と言えます。

そのような獄中の環境下で
鄭明析牧師はこのような詩を書きました。

-存在、幸い-

存在しながら
苦痛を
受けるということは
本当に
幸いなことだ。

苦痛を受けているうちに
存在できなくなれば
それは
終わることだ。
苦痛を受けた
甲斐もなく
すべてが無駄であり
無駄な苦痛を
受けたのだ。

存在しながらの
苦痛は
甲斐だ

2012年1月18日の夜

「耐性の窓」が狭く、容易に「闘争/逃走」状態になってしまう人が
過酷な獄中での苦痛に対してこのように考え、
このような詩を書くことができるのか?と考えてみた時、
書くことができないと考える方が自然です。

このような詩だけではなく、
鄭明析牧師は獄の中にいた10年間
このような行動を自ら選択して実践していました。

■朝1:00に起床
・蛇口の水で体を綺麗にする
・姿勢を正し、ひざまづいて、世界平和や各自の安全、病気の人や貧困に苦しんでいる人、一人一人のために4時間以上祈る
■朝の祈り後、手紙の返信や御言葉の記録
・1日に300通以上の手紙が来るため、1日1本ボールペンを使い果たしてしまうことも
・あまりの手紙の量に、部屋で横になれない状態になる
■1~2時間ごとに運動
・健康を維持するために独房内でもできる運動を実践
■食事はほぼ断食状態
・時間がもったいなく、1日1口で終えることや水分のみの日も
・しかし運動をして筋力が付き、体重は増加
■夜22:00に就寝(睡眠時間は3時間)
参考:「鄭明析牧師の生涯|キリスト教福音宣教会」⑬迫害期~韓国での裁判

自分の家で生活をしていたとしても
ここまでの規則正しく厳しい生活をすることは
とても難しいです。

「本当にそういう生活してたの?」と思われる方もいるかもしれませんが、
毎朝、社会で起こっていることを踏まえた
リアルタイムな新しい御言葉が送られてくる状況を
私は教会に通いながら実際に見て経験しています。

このような行動をしていた鄭明析牧師
一体どのような考えや気持ちで獄の中で生活していたのか…?

鄭明析牧師はこのような考えを持って
3600日を過ごしていました。

「人とほとんど会うことがない環境にむしろ感謝しよう。
極的に神様を愛し、祈りと御言葉を受けることに専念しよう。
神様に100%投資できる貴重な10年だ」
参考:「鄭明析牧師の生涯|キリスト教福音宣教会」⑬迫害期~韓国での裁判

畳3枚分の狭い空間に、3600日閉じ込められながら
周りの受刑者たちが泣き叫び自殺していく環境の中で
このように考えられる状況を考えると、
「自分の気持ちをコントロールできる力」である「耐性の窓」は
狭いどころかむしろ
周りの「狭い耐性の窓」の影響を受けたとしても狭まることの無いほど
「広大で広すぎる耐性の窓」を持っているのが
鄭明析牧師だ、と考える方が自然です。

これらのことをまとめると

鄭明析牧師は
「耐性の窓」が狭い人が多い刑務所の中でも影響を受けず
「自分の気持ちと心をコントロール」できていた

「耐性の窓」が極めて広い人

「耐性の窓」が広い=自己統制・衝動統制に問題が無い状態

と解釈することができます

以上のことから

⑤自己統制と衝動統制の問題が影響を及ぼす可能性がある

という性暴力加害者の特性を
鄭明析牧師が持っている可能性は否定されます。

⑥女性に対する否定的な態度の影響

6項目中、最後の内容はこちら

⑥女性との関係が長続きしないことおよび女性に対する否定的な態度が影響を及ぼす可能性がある

前半部分の「女性との関係が長続きしないこと」とは
多くの性暴力加害者が
女性との関係の目的=性交渉、性暴力、性的暴行
であることから、一人の女性とつながりのある期間が短いことを意味しています。

もしかすると、この項目を見て
「え!女性に対する否定的な態度!?
性暴力をする=女性が好き、なんじゃないの⁉」
思われた方もいるかもしれません。

後半部分の
「女性に対する否定的な態度」とは
一体どういうことなのでしょうか…?

そのヒントを
「日本の性暴力の歴史」から
見つけていきましょう。

明治時代、家制度が制定され、家長は男性、その他の家族は「家長の所有物」と認識され、妻は夫に対する服従義務を有し、男尊女卑的思考が優先されるようになりました。
特に妻は「無能力者」とされ、家長以外の男性との性交を厳しく禁じられていました。それを遵守するための刑法が「姦通罪(現在の強制性交等罪)」です。
姦通罪は妻だけを処罰し、夫の姦通が処罰されることはありませんでした。
未婚女性も家長の所有物と考えられ、家長のモノである娘に他者が許可なく性行為をすることは家長の所有物を傷つけたとされました。
参考花岡ちぐさ「なぜ私は凍りついたのか-ポリヴェーガル理論で読み解く性暴力と癒し-」,春秋社,2021年12月,p14-15

つまり明治時代の日本は
女性男性の所有物であり「モノ」
と認知されていたことが分かります。

このような感覚は、程度に差はあるものの
全世界の歴史の中で見られる考え方であり
現代社会にも根強く残っている考え方です。

「え?今の社会ではもう、女性をモノとして扱ってないんじゃない?」
と思われる方もいるかもしれません。

ある性暴力加害者が
このような言葉を話しています。

「人をモノとして扱えば相手が傷つくことはわかっている。
だからこそ、人をモノ化することが最上の悦びにつながる
人を支配することで、傷ついた自尊心は回復するし、
私は生きていていいんだと思える。
モノ化するというよりは、
私の人生を豊かにする生け贄というほうが正しいかもしれない。
私は今まで生け贄にされる方だった。
私を蔑むことで笑う人たちを沢山見てきた。
大人になり今度は自分の番だと思った。」
参考斉藤章佳「盗撮をやめられない男たち」,扶桑社,2021年9月,p48

前述したように
多くの性暴力加害者は小児期逆境体験(ACE)を経験しており
自分自身を「モノ」として扱われ
大切に扱ってもらえた経験が少ない場合があります。

この加害者の言葉は、

かつてモノ化されてきた自分の経験

「今度は自分が誰かをモノ化しよう」という認知の歪みが生じる

古くから「モノ」として扱われてきた「女性」に対して
【女性をモノとして扱う行為】である性暴力を行なう

このような加害者の状況を示している内容だと言えます。

まとめると
女性=「モノ」として扱う認知により
女性への否定的な態度を習得し
性暴力を行なう加害者が生まれてしまうという
ということです。

もし鄭明析牧師が
女性=「モノ」として認知をし、
女性への否定的な態度を習得していた場合
女性信徒に対して、男尊女卑的で
男性を優位とするような態度で
女性を虐げ、蔑むような言動をとるはずです。

鄭明析牧師はどうだったのか?

まず鄭明析牧師が伝えてきた
御言葉から見ていきましょう。

先生は34歳まで女性の手を握ったこともありません。女性に近づいたら犯罪になるから。罪を犯すから。異性ということを分かっていたから。
参考:2011年8月19日 金曜お祈り会の御言葉

女性を追いかけ回す、物質に溺れる、神様よりも他のものを愛する。そうではあってはいけないということです。
参考:2011年8月20日土曜日 明け方の御言葉

これらの御言葉には
鄭明析牧師が女性たちのことを気遣っていることや
「性暴力を起こしたのではないか?」という
女性に対する誤解が無いように行動していたことが分かります。

もし鄭明析牧師が
性暴力加害者であった場合、
「これは罪ではない」と信徒に認識させるため
自らの加害を正当化させるような発言や行動をすることが予測されます。

しかしむしろ
性暴力を避け、誤解させることが無いように行動し
「性暴力をしてはいけない」という内容の御言葉を
鄭明析牧師は伝えています。

他に、このような御言葉もあります。

男性は女性に清潔さを学ばないといけないんだ。男性に学ぶべきものは力仕事を学ばないといけないが、女性には清潔さを学ばないといけないんだと、お母さんにたくさん話を聞いたんです。男性たち、特に清潔でないといけないんです。
参考:2004年12月12日 主日の御言葉

もし鄭明析牧師が
男尊女卑的な考え方をしていたのであれば
このような内容を自分の説教で伝えることは
矛盾していることだと言えます。

では
鄭明析牧師は信徒たちに対して
男尊女卑的であり
女性を蔑み、虐げるような「態度」
接しているのでしょうか…?

鄭明析牧師には「一番弟子」がいます。
名前を「チョン・ジョウン牧師」といい、
性別は女性であり、この師弟関係は20年以上続いています。
(私たちはチョウン牧師と呼んでいます)
★チョン・ジョウン(チョウン)牧師について知りたい方はこちらから★

日本における
キリスト教福音宣教会の牧師等の指導者の男女比は
男性女性3~4:6~7であり

日本は
海外のキリスト教福音宣教会と比べると
男性指導者が多い方だという話も
聞いたことがあります。

もし鄭明析牧師が
性暴力加害者の特性である
女性=「モノ」として考える認知や
女性への否定的な態度を持っているのであれば
自分の教会の指導者として
男性ではなく女性を任命するという行動は
矛盾していることであると言えます。

鄭明析牧師は
「男性だから」や「女性だから」という理由ではなく
「その人自身」を見て、接していると、私は感じています。
それは、鄭明析牧師が
「自分がどう接したいか」ではなく
「神様がどう接してほしいか」ということを常に考え
行動している人であるからだと感じます。

このほかのエピソードとして
鄭明析牧師は
寒さを感じる月明洞で御言葉を伝える時
「女性は体を冷やしてはいけない」と話し
鄭明析牧師がベトナム戦争時もずっと持ち歩くほど大切にしてきた
聖書の上に座って御言葉を聞くように
女性たちに伝えたこともあったそうです。

まとめてみると

■性暴力を抑制するような御言葉を伝えている。
■一番弟子が女性である(師弟関係が20年以上続いている)
■自分の教会の指導者の多くを女性に任せている
(男女での区別ではなく、「その人自身」を見て、任せている)
女性の心身を気遣い、大切な聖書に座ることも許す

鄭明析牧師はこのような態度で、女性信徒に接しています。

もし鄭明析牧師が
女性=「モノ」という認識を持ち、
男尊女卑で男性優位な考えを持っているのであれば

■性暴力を正当化するような御言葉を伝える。
■一番弟子を男性にする(女性の場合、関係が短期間になる)
■教会の指導者の多くを男性に任せる
■女性の心身に気を遣わず、雑に接する

このような態度を取るのが自然ではないでしょうか。

以上のことから

⑥女性との関係が長続きしないことおよび女性に対する否定的な態度が影響を及ぼす可能性がある

この加害者特性も否定することができます。

医学的見解まとめ

改めて
アメリカ合衆国の司法省の見解を、簡単に振り返ってみます。

①③④ポルノグラフィの閲覧によって学習された認知の歪みが原因
療育者との関係が不良が原因となっている可能性がある
⑤自己統制と衝動統制の問題が影響を及ぼす可能性がある
⑥女性との関係が短期間+女性に対する否定的な態度が影響を及ぼす可能性がある

この性暴力加害者の特性と
鄭明析牧師の特性をまとめると、

①③④ポルノグラフィの閲覧によって学習された認知の歪みが原因
■食べ物を入手できないほどの貧困の中で育ち、中高生時代は山に籠って修道生活をしていたため、ポルノグラフィを入手して性暴力を学習する機会が無かった。
■暴力が強要される戦争でも暴力を振るわなかったことや、26歳になっても性的な会話が理解できなかったことから、認知の歪みも生じていなかった。
ポルノグラフィの閲覧はなく、学習された認知の歪みも無かった。

療育者との関係が不良が原因となっている可能性がある
■健康寿命を10年以上超えるほど健康であり、不健康になる原因の小児期逆境体験(ACE)に該当する項目も見受けられず、両親への感謝の追悼礼拝を実施している。
養育者との関係は良好。

⑤自己統制と衝動統制の問題が影響を及ぼす可能性がある
■自分の気持ちや行動をコントロールできる力=「耐性の窓」が、刑務所内でも狭くなることなく、自己統制と衝動統制ができていた。
自己統制と衝動統制に問題はない。

⑥女性との関係が短期間+女性に対する否定的な態度が影響を及ぼす可能性がある
■女性を気遣う説教や行動が見受けられ、一番弟子や指導者に女性を任命し、一番弟子の女性と20年以上関係が継続している。
女性との関係は長期的で、女性に対する否定的な態度は見受けられない。

このようになります。

もし鄭明析牧師が
性暴力を行なっていた場合、
少なくともこれらの特性を所有しているはずです。

しかし結果として
どの特性も該当していないことが分かりました。

もしかすると
この記事を読みながら
「正直私、小児期逆境体験(ACE)あったかもしれない…」
そう思った方もいるかもしれません。
私自身もそう思いました。

私自身は性暴力加害をしたことはなく
むしろSANE(性暴力被害者支援看護職)の資格を取得しました。
6つの特性中、1つを持っているかもしれない私でさえも
性暴力を行なっていない現状があるのに
1つも該当していない鄭明析牧師が
性暴力加害を行なった、と納得できる方が
不自然である、と私は感じています。

みなさんは性暴力について
このような認識を持っていませんか?

「加害者は性欲だけを満たしたくて性暴力をする」
「短いスカートを履いていた被害者にも非がある」
「顔見知りよりも、知らない人からの加害が多い」
「被害を受けている人は少数」

これらの情報は
すべて間違っているものです。

「え?そうなの!?」
「だってみんなそうやって言ってるよ!」

と思った方もいるかもしれませんが
みんな=社会全体やメディア自体
性暴力に対して間違った認識をしていることを
私はSANE(性暴力被害者支援看護職)となって知りました。

ですから
みなさんが性暴力に対して
間違った知識を持つことは
当然のことであり
仕方がないことだと感じています。

…しかし
ここでみなさんに
考えていただきたいのは、

「あなたの持っている
 性暴力の知識は
 本当に正しいものなのか?」

「その間違った知識で
『この人はきっと
 性暴力をしたに違いない』と
 判断して良いのか?」

ということです。

「この人、もしかして
 性暴力したんじゃないの?」

そのように感じるのであれば

性暴力への理解が不十分である
社会の反応やメディアの報道ではなく
まずは
性暴力の正しい知識を身に付け
そして
その人のことを正しく知ってから判断していただきたいと
私はSANEとして、心から願っています。

最後まで記事を読んでくださり
ありがとうございました☺

SANE(性暴力被害者支援看護職)助産師リリー🍀

ABOUT ME
Lily
愛知県民。マザーテレサに憧れて助産師になり、産婦人科に勤めながらオヤビンとコブンのアニメ制作しています*愛用ソフトはAdobeのPremiere。お絵かきや芸術が大好きな、元演劇部。 キリスト教福音宣教会に通いながら、「信仰で人生をどれだけ面白く生きられるか⁉」をモットーに、楽しく神様を信じています☆
オヤビンとコブンを描いてくれました!ほんまにありがとう!
もし描いてくださった方いましたら…

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